ニュートリノ天文学 (東工大クロニクル 11月号記事(2002年))
小柴昌俊東大名誉教授のノーベル物理学賞受賞(2002年)を機に、受賞の経緯とニュー
トリノ天文学のその後について紹介したい。
1.ニュートリノとは?
ニュートリノとは一言で言うと、「中性な(電荷をもたない)電子」である。電荷をも
たないから電気や磁気の力を受けない。核力(強い力)も感じないからほとんど物質と相
互作用しない。それで地球でも星でもすいすい通り抜ける。ニュートリノはありふれた粒
子で、太陽、地球内部、原子炉などから放出されてあたりを飛び交っている。超新星が爆
発するときにもニュートリノが放出される。それを初めてとらえたのが、小柴氏らの建設
した「カミオカンデ」検出器であった。
2.カミオカンデとは?
Kamiokandeは、神岡核子崩壊実験(nucleon decay experiment)である。核子とは原
子核を構成する陽子と中性子のことで、1970年代になって核子が崩壊するという予言
がなされた(大統一理論)。核子は非常に安定で(そうでないとこの世界は壊れてしまうが)、
その寿命の当時の下限値は、1030年(宇宙年齢、百数十億年の20桁も上)であった。
「核子崩壊を実際に観測しよう、少なくともその下限値をさらに数桁押し上げよう」、そん
な実験の検討がなされた。小柴氏は私の恩師であり、1978年当時私は助手を務めてい
た。小柴氏に「水チェレンコフ検出器」のアイデアがひらめき、私がそれを検討する光栄
に浴したのである。
核子崩壊実験では、1033〜34個の核子を何年も観測し、その崩壊事象をとらえなけれ
ばならない。それには大量の物質を常時観測している必要がある。物質として、安価で透
明な水が最適であった。核子崩壊を観測するには、崩壊で生成された粒子が水中を高速で
走る際に発するチェレンコフ光(水中の光速を超えて荷電粒子が走るとき、円錐状に放出
される光)を観測すればよい。実験は地下で行われなければならない。なぜなら地上では
宇宙線が降り注ぎ、大きなバックグランドとなるからである。光センサーとして口径50
cmの大型光検出器が開発され、岐阜県の神岡鉱山内で1983年に実験が開始された。
さらに感度をよくしようと検出器の改良が進んでいたとき、超新星1987Aが爆発した
(図1)。
3.超新星爆発とニュートリノ
正しくは17万年前に爆発して放出されたニュートリノが、1987年2月23日地球
を通過し飛び去ったのである。超新星は重い星の最期で、太陽の一生分のエネルギーを一
瞬で放出する。その莫大なエネルギー(〜1053エルグ)の大部分(99%)をニュート
リノが運び去る。おびただしい数のニュートリノが地球を通過し、そのうちの11個がカ
ミオカンデの水中で散乱して電子(陽電子)を放出した。それらの発するチェレンコフ光
が検出された!(図2:約10秒間に11事象図3)。超新星が銀河系近くで爆発する頻度
は数十年に一度と言われているから、大変な幸運であった。しかしそれを観測できる装置
を建設していたことでその幸運をとらえることができた。天体からのニュートリノを人類
史上初めて観測することに成功し、「ニュートリノ天文学」を開拓したということでの
ノーベル物理学賞受賞である。カミオカンデのndeもneutrino detection experimentをも
意味することとなった。この活躍で5万トンの水チェレンコフ検出器、スーパーカミオカ
ンデが建設され、ニュートリノに質量がある確証を与えるなど活躍している(クロニクル
No.324、1998年6月号)。
4.ニュートリノ望遠鏡
人工の加速器で得られる粒子エネルギーのはるか8桁上の超高エネルギー粒子が観測され
ている。宇宙には、そういう粒子を加速する巨大加速器が存在している。そこでは超高エ
ネルギーニュートリノも生成されている筈である。ニュートリノは宇宙空間に存在する微
弱な磁場にも曲げられず途中の物質も突き抜けて直進する。ニュートリノをとらえて宇宙
を探りたい、そんなニュートリノ望遠鏡が世界各地で造られ始めている。このためには、
スーパーカミオカンデの物質量をはるかに凌ぐ物質量が必要である。現在私達はその大量
の物質として、「大気」を使うことを考えている。高エネルギーニュートリノが大気に入射
し原子核と衝突すると多数の粒子が生成される。それらの粒子が発する蛍光を観測しよう
というのである。そういう現象をとらえて深宇宙を探るニュートリノ天文学が、今開けよ
うとしている。
図の説明
図1 超新星爆発前(左)と後(右):銀河系の兄弟銀河、マゼラン星雲で観測された
超新星1987A
図2 カミオカンデ検出器でとらえた超新星爆発からのニュートリノの一例
図3 カミオカンデ検出器でとらえた超新星爆発からのニュートリノ11例