― 産学連携で衛星搭載装置を開発 ー

背景と経緯

科学目標: 紫外線時間領域天文学

東京工業大学 理学院 河合・谷津研究室では、「マルチメッセンジャー・時間領域天文学」つまり、電磁波のみならずニュートリノや重力波などあらゆる手段を使って、短時間天文現象を探るための衛星搭載装置の開発に注力しています。とくに、2012年からは、地上からは観測のできないX線やガンマ線などの「高エネルギー放射」を捉えることをテーマに研究を進めてきました。例えば、超新星や重力波現象の様に、瞬間的に莫大なエネルギーが放出されると、爆発による衝撃波加熱により、天体を構成していた物質は瞬時に加熱され、紫外線や軟X線などで光り輝くと考えられています。

時間領域天文学のターゲットは「一瞬」の爆発現象ではあるものの、爆発の極限状態の中で重元素合成が行われています。このため、138億年と言われる宇宙の化学進化史を理解するためには、これらの刹那の現象の理解が鍵を握っていると言えます。特に興味深いのは爆発の最初期であり、点火した瞬間に放射される紫外線をいち早く探索すること、その明るさ変化を調査することこそが、物理学的に重要な意味を持ちます。爆発の瞬間まで時間を遡ることにディスカバリー・スペースがあるため、この様な天文学は「時間領域天文学(Time-domain Astronomy)」とよばれる様になり、NASAの Decadal Surveyでは重点科学領域の一つと提言されています。

重力波望遠鏡が設計感度に達する2020年台前半に中国はSVOM衛星やEinstein Probe衛星、NASAはISS-TAOなどを計画しています。一方、日本には2030年までこの様な広視野サーベイ装置が打ち上げられる見込みがありません。ここに割って入るためには、独自の観測装置をいち早く衛星軌道に打ち上げる必要がありました。この様な経緯から、工学院松永研と協力して超小型衛星を使った科学観測実現に向けて研究・開発を行ってきました。しかしながら、X線やガンマ線帯域では既に大型衛星計画がひしめいている状態であり、小さな衛星では勝ち目がありません。そこで、観測波長帯もこれまでに前例のない波長帯を選択し、「近紫外線広視野探査衛星」として計画を練り直し、2016年に衛星設計コンテストにて「ひばり衛星」として提案しました。

図6. 広視野紫外線観測衛星のコンセプト。重力波望遠鏡・地上望遠鏡群と連携して、「紫外線を起点とした」マルチメッセンジャー・時間領域天文学を目指します。


技術課題: 紫外線半導体イメージャ

いままで、紫外線で広視野観測がされていなかったのにはそれなりの理由があります。紫外線は可視光よりもエネルギーが高く、分子や原子と反応して物質中で吸収されやすいという特性があります。このため、分厚い大気で守られている地上からは紫外線は観測することができません。紫外線観測の第一の障壁はこの大気であり、この課題は東工大で積み重ねてきた超小型衛星技術で乗り越えることができます。

もう一つ、紫外線の観測を困難にしているのは、センサシステムそのものの性能です。これまでのシリコンベースのCMOSセンサでは、紫外線はウェハ表面からセンサの有感領域(空乏層)に到達する前に吸収されてしまい、電気信号として検出することが困難でした。本研究で用いるCMOSセンサは、東北大とエイブリックが共同で開発したものであり、ポリシリコンを用いた配線層の構造を工夫することで、表面照射型センサでありながら、可視光から250ナノメートルまでの紫外線に感度を持っています。天文学や地球科学のみならず、金属表面の傷探査などマシンビジョンなどでの応用も期待されます。紫外線センサの開発に困っていた2018年頃、エイブリックからこの紫外線CMOSセンサの紹介があり、「どうせなら宇宙に飛ばしてみましょう!」というところから共同研究がスタートしました。