— 新種のパルサー発見に、日本の総力を結集 ー
2012年3月19日、京都大学で行われた天文学会記者発表において、東工大・早稲田大・国立清華大(台湾)による共同研究「共食いする毒蜘蛛中性子星」を発表しました。
発表内容を簡単にまとめた事前配付資料: PDF (9.3MB)
発表のためのスライド: PDF (17.1MB)
日米欧が開発し、2008年に打ち上げられた 「フェルミ」ガンマ線天文衛星 (図1)は、非常にエネルギーが高く透過力の強い電磁波の一種「 ガンマ線 」を使って全天をくまなく探査しています。我々の目に見える「可視光」も電磁波の一種ですが、フェルミ衛星の観測するガンマ線は、それより100億倍以上高いエネルギーを持つ電磁波です。
このようなガンマ線を放射する天体では、電子や陽子などが非常に高いエネルギーにまで加速され「宇宙線」が作られていると考えられ、このメカニズムを解明することが現代の天体物理学における最も重要なトピックの一つになっています。この様な天体現象は、近年ヒッグス場(粒子)の解明に向け注目を集める大型加速器LHC/CERNを用いても到底実現することのできない、超高エネルギー・巨大かつ極限の物理現象です。
図1. フェルミガンマ線天文衛星(想像図/NASA)
フェルミ衛星の主検出器には日本の浜松ホトニクス社製の高性能半導体センサが使われており、そのガンマ線検出感度は過去の衛星に比べて圧倒的に高く、精細な画像を撮ることが出来ます(図2—左)。このおかげで、今まで知られていなかった「ガンマ線で明るく輝く」正体不明の天体が数多く発見されています。実際、フェルミの見つけたガンマ線天体の約3割が、未だなぞのまま残されているのです(図2—右)。これらの正体を解明すべく、私たちの研究グループは2009年からX線天文衛星「すざく」や地上望遠鏡を使ってガンマ線天体の詳細なフォローアップ観測を行ってきました。今回紹介する「毒蜘蛛中性子星」2FGL2339.6-0532も、その観測の一環で発見されました。
図2. (左)フェルミ衛星が観測したガンマ線による全天画像。黄色丸印が本研究の対応天体の位置を示す。(画像をクリックすると高解像度版を見られます。)
今回ご報告するガンマ線天体 2FGL2339.6-0532 は、私たちの天の川銀河面から離れた位置にある明るいガンマ線源です(図2 黄色丸)。これは星座でいうと「みずがめ座」の方角にあたり、肉眼でみると星の少ない秋の天域に対応します。この天体への最初のアプローチは、米国のX線天文衛星「チャンドラ」を用いた正 確な位置決めから始まりました。チャンドラは1秒角(0.0003 度)という大変優れた解像度を持っており、フェルミの予想した天体位置の誤差円の中から、対応すると思われる 点光源を発見しました。この正確な座標情報を元に、国立清華大(台湾)・東工大・早稲田大を中心とする研究チームが可視光での追観測を行い、可視光対応天体の明るさが激しく変動していることを発見しました。さらに、国立清華大のKong教授らは鹿林(Lulin)天文台の1m望遠鏡を使い、その光度変動が4.63 時間の周期性を持つことを初めて捉え、この天体が二つの星がペアになって公転する「連星系」であることを明らかにしました。また、これらの可視光観測で我々が見たものは、この連星系を成している「伴星」の方であり、太陽の1/10 程度の小さな恒星らしいことがスタンフォード大学(米)のグループから報告されています。
残る問題はこの連星系の主星の正体です。通常、太陽の 1/10 しかない小さな恒星がガンマ線でこれほど明るく輝くことはなく、ガンマ線は主星から放射されていると考えられます。これまでに観測されたガンマ線連星の多くは、中性子星もしくはブラックホールを主星としていましたが、チャンドラのX線データはどちらかと言えば 中性子星の特徴を備えています。しかしながら、高速で回転する中性子星(パルサー)に特有の「パルス放射」が電波で全く見られないことから、その正体は謎のままでした。そこで我々は日本の総力を結集してこの天体の謎に挑みました。