文部科学省科学研究費補助金 平成19年度発足特定領域(領域番号468)

ガンマ線バーストで読み解く太古の世界

計画研究B「ガンマ線バーストの光学・近赤外残光から読み解く太古の宇宙」

>研究概要:計画研究B

研究概要

 人類がまだ見たことのない太古の宇宙−宇宙が誕生して2〜10億年頃までの謎の時代−をガンマ線バーストを利用して探査する。この時代は初代の天体形成と宇宙の再電離が起こった宇宙史上非常に重要な時代であるが、その実態は全く謎につつまれている。大望遠鏡による遠方銀河の探査は近年大きな進展を見せたが、同種の方法でさらに遠方宇宙を探るには困難が伴う。ところが、星の進化の最期に起こるとされる、宇宙最大の爆発現象であるガンマ線バーストは、極めて明るい爆発の残光を可視や近赤外線で残す。このため、非常に遠方の宇宙で起こったバーストでも中小望遠鏡で検出することができる。とらえた残光を大望遠鏡で引き続き詳しく観測することで、太古の宇宙を探ることが可能となり、大望遠鏡による暗い銀河探査とは相補的な独自の研究を展開することができる。本領域代表および計画研究メンバーは、これまでに学術創成等による研究を展開し、宇宙誕生後約9億年の時代のガンマ線バーストをとらえることに成功している。この研究は、太古の宇宙にガンマ線バーストが確かに出現し、それをプローブとして謎の時代の宇宙空間の物理状態や銀河内の重元素(水素・ヘリウムより重い元素)量の推定等が可能であることを世界で初めて実証した画期的なものである。本計画研究では、この研究を更に発展させ、初期宇宙に発生するガンマ線バーストの出現頻度を宇宙の年代の関数として調べることにより、

  • 宇宙のどの時代から天体形成が始まったのか?
  • 天体形成の歴史はどうであったのか?
  • 天体形成に伴う宇宙のなかでの重元素の進化はどうであったのか?
  • 宇宙の再電離がいつどのように起こったのか?

といった問題を明らかにしていくことを目的とする。

研究目的

 ビッグバン以降の宇宙の歴史の中で、最も謎につつまれた時代は、宇宙年齢が約40万年の頃から約10億年頃までの期間である。この期間以前には、物質は核子、電子、光子のまざったプラズマ状態にあり、その進化は原子核物理等によってよく理解されている。宇宙年齢が約40万年になると宇宙膨張に伴ってプラズマの温度が下り、陽子と電子が結合して宇宙の中性化が起こる。この時にあった物質の密度ゆらぎが成長し、やがてそこから初代の星が誕生し、銀河を形成すると考えられる。ところがいつ最初の星が誕生したのかまだわかっていない。可視や赤外線の大望遠鏡での観測によって、約125億光年彼方の宇宙(宇宙年齢10億年頃)に銀河が既に存在していることがここ数年の研究でわかってきた。従って最初の星はこの謎の期間に誕生したはずである。この謎の時代にはもう一つの重要な事件が起こっている。それは宇宙の再電離である。40万年の時点で宇宙が中性化したことは確かであるが(3K背景放射の存在)、10億年頃の時代には既に宇宙(銀河間空間)は電離していることが観測的にわかってきている。従って40万年から10億年の間のどこかで再電離が起こったはずである。しかし、いつどのように宇宙再電離が起こったかはまだよくわかっていない。再電離は初代の星の形成と関連していると考えられ、この謎の時代における星形成(=銀河形成)と宇宙の電離の歴史を解明することは、現代天文学における最重要研究課題の一つとなっている。むろん、大望遠鏡による遠方銀河の観測的研究はこのフロンティアを更に昔の時代に押し進めようとしているが、銀河のみかけの明るさはどんどん暗くなりその観測は非常に困難で、当面飛躍的進展はあまり期待できない状況となっている。

 ここで救世主のごとく登場するのが、ガンマ線バースト(Gamma Ray Burst 以下GRB)である。GRBとは突然天空の一角でガンマ線が数秒から数十秒間にわたって輝き、その後、可視や赤外線で明るい「残光」が見られ数日のタイムスケールでだんだん暗くなっていく現象である。その正体は、重い星がその一生の最期に起こす大爆発に伴う現象であるということが明らかになりつつある。このGRB残光は極めて明るく、中小口径の望遠鏡でも観測可能である。しかも星の最期の爆発現象であるので、この発生頻度を調べれば、宇宙の謎の期間における星形成の歴史をトレースできる可能性がある。実際に最遠のGRBとして126億年彼方のものが存在することが、本申請代表者や領域代表者他を含むチームによって発見されており、GRBによるこのような研究が可能なことが実証されつつある。しかもこのGRBではすばる望遠鏡によって良質のスペクトルを得ることに成功しており、これから宇宙空間の電離度や、その銀河での重元素(水素・ヘリウムより重い元素)量が推定可能であることが世界で初めて実証された。

 そこで、本計画研究では、太古の宇宙(宇宙年齢が2億年頃から10億年頃までを想定)に発生するGRBを光赤外線で素早くとらえ、その出現頻度を宇宙の各時代の関数として解明していくことを目指す。そしてこれをプローブとして、初期宇宙における星形成(即ち銀河形成)の歴史を探査する。特に最初の星はいつ現れたのかという問題に迫る。また、分光観測によって、電離度の評価を行い、宇宙の電離の歴史を調べる。同時にGRBが発生した銀河の中での重元素量の推定を行うことをめざす。重元素は星の進化に伴ってのみ生成されるので(星ができる前の宇宙にはHとHeとごく僅かのLiしか存在しない)、星形成の歴史の独立な検証となると考えられる。

 本研究は、先行する学術創成で設置された光赤外中小望遠鏡群をベースに、機能強化した望遠鏡群を加え、さらに大型望遠鏡すばるとも連動して、機動性の高いより能率的、組織的な観測を展開することによって、人類がいまだ見たことのない太古の宇宙を探査する点がユニークである。また、領域内のガンマ線研究者と理論研究者との有機的連携によって、結果の解釈等で独創性の高い研究が期待されるところも特色である。

研究計画・方法

 ガンマ線バーストは突発的に発生し、だんだん暗くなってしまう一過性の現象であるため、いくつかの機動性の高い望遠鏡群が連携して観測を行う必要がある。特に、太古の時代を探るためには可視と近赤外線での観測の組み合わせが必須であり、複数の望遠鏡・観測装置が必要となる。天候の影響を避けるために、複数地域に装置を分散することも肝要である。従来の観測スタイルでは実現が困難な、このような特殊な研究方法は、本領域代表や本計画研究代表が進めていた学術創成によって世界的にも早い時期にその基盤が構築された。これをさらに発展させるため、学術創成で構築された観測システム・研究グループと、国内の主要なガンマ線バースト研究者グループが、協力して研究を推進することとした。本研究の目的を達成するために、既存の望遠鏡群或いは観測装置群に必要な機能をつけ、可視と近赤外、中小望遠鏡群(主に撮像)とすばる望遠鏡(主に分光)という二重の連携で研究を推進する。具体的には、可視による多色撮像観測を、全国4箇所に分散設置した50cmから1mクラスの望遠鏡が担当し、近赤外線での撮像観測は神奈川と岡山に設置されている1mクラスの望遠鏡が担当する。これらの撮像観測によってガンマ線バーストの可視・近赤外線対応天体を検出し、その粗い距離の推定を行う。さらに、可視および近赤外線での分光観測を、神奈川1.3m望遠鏡とすばる望遠鏡が担当し、バーストまでの正確な距離、宇宙空間の電離度、ガンマ線バーストの発生した銀河での重元素量などを測定する。学術創成等で開拓された新研究分野を、ガンマ線・X線衛星(SWIFT等)が稼働中に適切に展開する必要があり、時機を逃すことなく実施する必要のある緊急の研究課題である。