TSUBAME衛星バス

TSUBAMEの衛星本体は、本学工学部・松永研の学生たちが中心となって設計・開発・製造しています。これまで東工大超小型衛星チームでは、重さ1kgのCute-I、3kgのCute-1.7+APD、5kgのCute-1.7+APDII と徐々に重く複雑な衛星を開発してきましたが、通算4機目となるTSUBAMEでは、より本格的なミッションの達成を目標として、1辺が約50cm、重さ50kgの大きさになってしまいました。これでも他の衛星に比べれば、まだまだ小さいために分類としては「超小型衛星」の範疇ですが、Cuteシリーズと比べて大きさ10倍、重さ10倍、電力100倍となるため、熱・構造・電気などあらゆるものの開発難易度も桁違い高くなっています。衛星バスのシステム概要等、工学的な情報は松永研のTSUBAMEプロジェクトのページを参照していただくとして、ここではTSUBAMEの衛星が誕生するまでの経緯を、主に理学系からの視点で紹介します。

図4-1: ついに完成した衛星と闘い終えたTSUBAMEチームのメンバー(最後の2週間はまさに死闘でした)。

TSUBAME開発の歴史

すべてのはじまりは 2004年の夏。世界初のCubusat Cute-Iが打ち上がった翌年、すでに我々は次の衛星であるCute-1.7+APDを必死で開発していました。その傍らで、毎年恒例の衛星設計コンテスト出品用に考えられた偏光観測衛星 ”燕” が現在のTSUBAMEのベースとなっています。当時は学生が衛星を作った事自体初めての頃であり、よもや50kgもある様な ”大きな” 衛星を学生が開発して飛ばすチャンスが得られようとは誰も思っていなかったと思います。そんな半信半疑の中、2005年からはTSUBAMEのための要素技術開発として、高速姿勢制御の要となるコントロールモーメントジャイロや、偏光計のセンサ開発を始めました。そしてついに2009年の冬から「実際に飛ぶ」衛星の設計開発が始まりました。

図4-2: 東工大の超小型衛星たち。この10年で4機の開発打ち上げを実現。右端は衛星設計コンテスト用に作った「燕」のモックアップ。中が透けていますが、今見ると中身は寂しいくらいスッキリしています(実際のTSUBAMEのフライトモデルは臓物ぎっしりで手の入る隙間もありません)。


開発の様子

ものづくりの経験がある人ならだいたい想像がつくかと思いますが、実際に動く装置の開発は並大抵の努力では実現できません。それが「宇宙」という極限環境で動作する装置であれば尚更です。当然、人間が設計を行うため設計ミスも多発します。そこで、衛星の開発は何回かのステップを踏んで最終的なフライトモデルを製造するのが一般的です。TSUBAMEの場合は、部品選定のための要素基板設計から始まり、電装系の試作であるブレッドボード・モデル(BBM)、構造を含めたエンジニアリング・モデル(EM)、そしてフライト・モデル(FM)の4ステップを踏んでいます。その各ステップで、サブシステム間の連動試験を行い完成度を高めていきました(つまり毎回苦労させられたということです)。

さらに大変なことに、普通の大型衛星開発の場合は、通信機、電源、姿勢制御装置といった主要装置は過去に宇宙実績のあるコンポーネントをそのまま再利用するのが普通なのですが、TSUBAMEではCuteシリーズに比べて10倍も大きくなってしまったために、そのような「過去の遺産の使い回し」が全く出来なくなってしまいました。それまでCuteでは、16ビットの H8マイコン と 74シリーズのロジックICで全ての処理を行ってきましたが、CMGを使った高速姿勢制御や、Sバンドでの高速データ転送にはもはや対応することができませんでした。このため、最新のFPGAに高性能CPUを書き込んで使用することになりました。衛星開発ではどのICが宇宙で使えるかという情報が成否の鍵を握るため、メーカーの極秘情報になっています。フライト実績のない素子を採用する場合は、自分でガンマ線照射、プロトンビーム照射を行い、放射線耐性の有無を確認する必須があります。当然、これらの放射線耐性試験については、放射線の扱いに慣れている物理学科の我々が実験をリードします。また、電源バスもCuteではたった5V程度だったのが、CPUと高速姿勢制御装置を駆動するために40V近い電圧と100Wの電力が要求され、ゼロから設計しなおすことになりました。ちなみに、50kgの衛星で100Wの電力消費というのは、通常の衛星ではほとんど考えられない電力密度だそうで、この発熱に対応するために、熱・構造設計もかなり難航しました。

毎週水曜は定例のTSUBAMEプロジェクトミーティング。議論が白熱すると(いつもだけど)4時間くらいかかる 産技研でのコンポ単体振動試験(ネジの緩みを確認するためマーキング中。この直後、EM偏光計がバラバラになったのは良い思い出)
フライトモデルの第一回機械噛み合わせ(心配になるくらい配線グチャグチャ) エンジニアリング・モデル熱真空試験(24時間態勢のため、これもかなり大変な試験でした)

理学部・工学部の共同開発のおもしろさ

衛星バスの開発は工学部の学生が主導して進めていますが、我々理学部の人間もただ眺めているだけではありません。超小型衛星はそもそもコンパクトなため、開発従事者は学部生・大学院生合わせて10人程度です。普通、大型衛星の開発では担当するパーツ以外はノータッチなのですが、ちょっと手を伸ばせば衛星システムの端から端まで全てに触ることができてしまうのが超小型衛星の面白さです。しかも、小さいとは言っても人工衛星であることに変わりはなく、宇宙開発の要素を全て経験することができます。また、よりよい観測を実現する上でも、衛星バスと観測装置間の開発連携は緊密であることが必須であり、理工が連携して阿吽の呼吸で開発を進めています。

実は衛星バスの開発を担当する松永研究室は機械系の研究室であり、研究室配属が決まった段階での学生のほとんどは電子工作に詳しい訳ではありません。かくいう我々も、学部で電磁気学は習っていても、実際に回路設計を経験している人は稀です。したがって、みんな決して得意というわけでないのですが、「自分の衛星を宇宙で動かしたい」という一心で、百枚以上ある回路図とにらめっこしたり、数万行のソースコードを読み合わせしたりと、日夜協力して開発を行ってきました。その中でも特に大変な思いをするのが衛星バスとセンサを接続する「システム統合試験」です。これは大型衛星でさえもすんなりとパスすることが稀なのですが、当然ながら我々も散々苦労させられています。この時、物理学科の学生もバリバリに活躍しています。同じ東工大の理系の学生であるにも関わらず、工学部の学生と理学部の学生とでは、トラブルが生じた際のアプローチの仕方に違いがあります。工学部の学生が動作不具合を「部品を足す」方向に修正しようとするのに対して、理学部の学生は減らす方向に考えます。これは物理屋の性で、良くも悪くも「不具合の原理解明」に執着するためで、根本原因の理解を優先するうちに、くっついている部品が邪魔になって来るためです。そして、最終的に手計算で数字が合わせられないと納得しません(ここでシミュレーションを信用しないところが物理学科です)。一概にどちらが良いということはありませんが、複雑なシステムで起こっている問題を解決する際、原理を突き詰める物理屋的な思考プロセスは、遠回りなように見えても結果的に解決が早かったという経験も数多くあります。工学部の学生と一緒に開発を進める中で、こういった着眼点の違いを認識しつつ、互いの専門知識を補い合いながら開発するのは、最高に楽しい経験になります。

図4-3: 在りし日のシステム統合試験の風景。左から:当時、衛星バスの頭脳にあたるコマンド&データハンドリングシステムの開発を担当していた工学部の喜多村くんと、まだ新人だった頃の河合研栗田くん(まだ貫禄なし)、そして理学系制御システムを開発した常世田くん。彼らは卒業してからもTSUBAMEを助けに来てくれました。

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