広視野バーストモニター(Wide-field Burst Monitor: WBM)の測定原理

ガンマ線バーストは、一般的に10億光年以上も離れた遠方宇宙で発生する爆発現象であり、事前にその発生位置を予測することはできません。しかもガンマ線の放射継続時間が短いため、発生を検知してから、地上で解析して方向を決めるといったスタイルでの観測は事実上不可能です。そこで、我々は副検出器として広視野バーストモニタ(Wide-field Burst Monitor: WBM)をTSUBAMEに搭載し、TSUBAME単独でガンマ線バースト検知とその方向決定をできるようにしました。

レントゲン写真で使われるX線は透過力が高いことが知られていますが、これはすなわち通常のカメラなどで使われる「レンズ(光学系)」をX線に使うことが難しいことを意味しています。そこで、我々は光学系の要らない、重心法を使った簡単な方向決定方法を採用することにしました。センサはCsIシンチレータとAPDを組み合わせたガンマ線検出器で、常温で 30 keVから 200 keVの入射光子を検出することができます(図3-1 左)。TSUBAMEにはこのガンマ線検出器が5台、それぞれ異なる面を向いて取り付けられます(図3-1 右)。それぞれ異なる方向を向いた放射線センサを使うもので、それぞれのセンサの検出ガンマ線個数を比較することでその到来方向を推定します(図3-2)。

図3-1: WBMの構造と衛星構体への取り付け位置

図3-2: WBMのGRB位置決定原理

検知アルゴリズムの開発

バックグラウンドノイズと増光の有意度

宇宙というと「漆黒の闇」を連想しますが、X線やガンマ線で空を見てみると実はあまり暗くありません。実はこの原因はまだ明確には分かっていないのですが、遠方の活動銀河核(超大質量ブラックホール)などからの微弱な放射が積み重なって、全天が淡く光っていると考えられており「X線背景放射(Cosmic X-ray Background: CXB)」 と呼ばれています。GRBはいつ・どこで起こるか予測がつかないため、WBMはできるだけ広い視野を監視している必要がありますが、視野が広いが故にCXBも常時検出してしまうことになります。WBM一台あたりの受光面積はおよそ36平方センチメートルしかありませんが、宇宙に面して設置されているため、1秒間あたり200カウント近いCXBを検出してしまうことになります。

GRBの発生を正確に検知するためには、このバックグラウンドノイズの揺らぎの大きさに対して十分大きなガンマ線の増光をだけを判定すれば良いことになります。この「揺らぎ」の大きさを評価するため、TSUBAMEは常に「現在」から過去数十秒にわたって光度曲線を記録し、CXB等に起因するバックグラウンドのイベントレート(Cb)を計算しています(図3-3)。もし、現在時刻における検出イベント数(Cf)が、予想されるバックグラウンドレート(Cb')よりも遥かに多く、「偶然ではありえない」と言える場合には、現在時刻の増光分 Cf を本物のGRBによるものであると判定します。TSUBAMEでは、この有意度計算を125ミリ秒に1回行い、GRBに常時目を光らせています。

図3-3: WBMのGRB検知アルゴリズム

最適化

WBMがバックグラウンド・ノイズを見積もったり、現在時刻における入射レートの測定を行う時間間隔 (Tb, Ti, Tf) の選択は実はとても難しい問題です。先ほど説明したTSUBAMEのGRB有意度計算は、数学的には微分と等価であり、光度曲線の高周波成分だけを透過するハイパス・フィルターになっています。Interval時間 や Foreground積分時間 を長くすると、このフィルターの時定数を下げることができ、より緩やかな時間変化を伴うGRBに対して高い感度を持つようになります。逆に、これらの時間幅を狭めれば急峻な時間変化を伴うGRB対して感度を持ちます。

では、実際のGRBからの放射はどうかというと、困ったことに一つ一つが似ても似つかぬ全く異なる光度曲線を示します。そこでTSUBAMEでは、0.5秒から8秒までの時定数を持つ、4種類の判定回路を同時に走らせて、どんなGRBが起ころうとも逃さないシステムになっています。もちろん、これらの時定数は地上からのコマンドにより打ち上げた後からでも自由に調整できるようになっています。これらの時定数の最適化は、打ち上げ直後の初期運用をとおして、実際の測定結果を反映して徐々に調整していく予定です (川上修論 2013、 栗田卒論 2013)。

期待される性能

WBMのもう一つの重要な機能が、GRBの機上位置決めです。前述した重心計算による位置決めは、古くはNASAの大型衛星であるコンプトンガンマ線天文台のBATSE検出器 や 現在活躍中のFermiガンマ線天文台のGBM等で採用された手法ですが、精度はあまり良くありません。これは、ガンマ線イベントの統計不足やガンマ線が衛星構体や地球大気などに散乱されて入射するためだと考えられています。特に後者に関しては、複雑なプロセスであり、TSUBAMEで検知できる明るいバーストでも無視できないエラーとなります。そこで、我々は理学センサシステムだけでなく、衛星システム全体の材質・質量分布を考慮した上で、実際に観測されるGRBと同じスペクトルのガンマ線を仮定して、コンピュータ上でWBMが検出するガンマ線個数を計算し、その数値を元に到来方向を計算し、設定値とどれくらいずれるのかを評価しました。

図3-4に示したのがその評価結果で、WBMのガンマ観測結果から推定した方向を中心として、どれくらいの誤差範囲内に実際にGRBがあったのかを評価したものです。この評価ではバックグラウンドノイズとして、CXBなども考慮に入れています。荷電粒子の少ない良好なデータが取得できる天域で観測を行った場合、比較的明るいGRB(月に1回起こる程度)の位置をおよそ5度の精度で決定できると予想しています。偏光計の構造上、要求される指向精度は15度以内であれば十分であるため、これは必要十分な位置決定精度だと言えます。

図3-4: コンピュータ・シミュレーションによって予想されたWBMによるGRBの位置決定精度(常世田卒論 2011)

WBMはガンマ線以外にも上空を漂っている高エネルギーの荷電粒子も検知してしまいます。TSUBAMEではGRB検知アルゴリズムとは別に、さらに長い時定数での検出レート変動もモニタしており、SAAやオーロラ帯の自動検知を行います。偏光計に使用するMAPMTはSAA領域内で使用すると性能が劣化してしまうため、このアラート情報に基づき高圧電源を停止して、センサを保護します。

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